「あと何人採用すればいいか」——障害者雇用の会議で最も頻繁に交わされる問いです。しかし、2026年3月に障害者職業総合センターが公表した調査では、雇用の質を高める上での最大の課題として「配属先現場で障害者を支える上司・同僚の不足」が、一般企業・特例子会社のいずれにおいても高い割合で指摘されました。採用人数ではなく、「その人を受け入れ、支え、育てられる現場の人的リソース」こそが、障害者雇用の真のボトルネックなのです。
はじめに——「採用できない」の前に「受け入れられない」という現実
法定雇用率2.7%時代を迎え、多くの企業が「どのように障害者を採用するか」に頭を悩ませています。求人を出しても応募が来ない、採用できても定着しない、現場が「受け入れられない」と言う——これらの課題は一見バラバラに見えますが、実は一本の線でつながっています。
その線とは「配属先で障害者社員を日常的に支え、業務を教え、成長を見守る上司・同僚の不足」です。企業が採用に投資しても、受け入れる現場に支援者の余裕がなければ、採用した人材は定着せず、結果として「また採用しなければ」という負のループに陥ります。
本記事では、障害者職業総合センターの最新調査データをもとに、この「見えないボトルネック」の正体を明らかにし、現場の支援力を組織全体に拡げるための具体的な方法を提案します。
データが示す「最大のボトルネック」——2026年3月 障害者職業総合センター調査から
2026年3月、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の障害者職業総合センターは、障害者雇用の質の向上に関する調査結果を公表しました。この調査では、一般企業と特例子会社の双方に対して「障害者雇用の質を高める上での課題」を質問しており、その結果は多くの人事担当者の実感と重なるものでした。
調査結果で注目すべきは、「採用難」や「予算不足」といった一般的に想定されがちな課題よりも、「配属先現場で障害者を支える上司・同僚の不足」が、一般企業・特例子会社のいずれにおいても高い割合で課題として挙げられたことです。
調査が示す5つの主要課題
- 1配属先現場で障害者を支える上司・同僚の不足(一般企業・特例子会社ともに高い割合)
- 2配属先の上司・同僚の障害理解や対応スキルの不足
- 3障害者雇用担当者への業務集中と属人化
- 4障害者社員のスキルアップ・キャリア形成の機会不足
- 5合理的配慮と業務遂行のバランス調整の難しさ
「障害者雇用の質を左右するのは、採用人数でも予算でもなく、現場に『その人を支えられる人がいるかどうか』——この調査結果は、その現実をデータで裏付けました。」
これは裏を返せば、採用戦略だけを強化しても、現場の受け入れ支援力が変わらなければ、障害者雇用の質——ひいては定着率や戦力化——は改善しないことを意味しています。
なぜ「支援できる上司・同僚」が不足するのか——3つの構造的要因
現場に支援者が不足するのは、個人の意識や善意の問題ではありません。以下の3つの構造的要因が複合的に作用しています。
要因1:現場管理者は「自分の業務」で手一杯
多くの現場管理者は、自身の業績目標やチームマネジメントで手一杯です。そこに「障害者社員の受け入れ」という新たな役割が加わっても、業務量の調整や権限委譲が行われないままでは、物理的にも心理的にも余裕が生まれません。「受け入れたい気持ちはあるが、時間がない」——この声が最も多いのが現実です。
要因2:障害者対応の「知識不足」が不安を生む
障害特性に関する知識、合理的配慮の考え方、適切な業務指示の方法——これらを学ぶ機会が現場管理者に提供されていない企業がほとんどです。「どう接すればいいかわからない」「何かトラブルがあったら怖い」という不安が、現場の消極性につながっています。
要因3:障害者雇用が「人事部の仕事」と認識されている
多くの企業では、障害者雇用は人事部(または障害者雇用推進室)の担当業務と見なされ、現場は「受け入れを頼まれた側」という意識のままです。しかし、日常的な業務指示、進捗確認、成果評価、職場内の人間関係調整は、実際には現場で行われています。この「責任と実務のねじれ」が、現場の支援者不足を加速させています。
「障害者雇用は人事部の仕事——この認識こそが、現場の支援者不足を生む根本原因です。」
人事担当者だけでは支えられない——障害者雇用の「属人化」が生む構造的限界
現場に支援者が不足している企業では、そのしわ寄せが人事の障害者雇用担当者に集中します。現場が「どう対応すればいいかわからない」と言えば、すべての相談が担当者に流れ込みます。現場が「忙しくて面倒を見られない」と言えば、担当者が代わりにフォローに入ります。
こうして、障害者雇用担当者は「人事」でありながら、「現場調整」「メンタル相談」「家族対応」「行政手続き」「助成金申請」を一手に引き受ける状態に陥ります。これは、前回の記事(「障害者雇用担当者の見えない離職リスク」)で詳述した「善意と属人化に頼る組織の限界」そのものです。
人事担当者一人で引き受けられる障害者社員の数には限界があります。採用人数を増やすほど、現場への依存度は高まります。つまり、現場の支援者が増えなければ、人事担当者の負荷が臨界点を超え、組織全体の障害者雇用が機能不全に陥るのです。
「障害者雇用を拡大するには、採用人数と同じスピードで、現場の支援者を増やす必要があります。」
上司に求められるのは「福祉知識」ではなく「明確な業務指示」
現場管理者の多くが「障害者対応には特別な知識が必要だ」と考え、そのハードルの高さに尻込みしています。しかし、実務の現場で最も求められているのは、臨床心理や福祉制度の専門知識ではなく、「誰にでも通じる明確な業務指示」です。
以下の表は、障害者社員への対応において多くの現場管理者が「難しそう」と感じていることと、実際に必要なスキルのギャップを示しています。
| 現場管理者が「難しい」と感じること | 本当に必要なこと(=良いマネジメントの基本) |
|---|---|
| 障害特性に合わせた特別な対応 | 目的・手順・期限・品質基準を明確に伝えること |
| 精神的なケアやカウンセリング | 体調変化のサインに気づき、専門家(産業医等)につなぐこと |
| 障害者雇用制度や法律の知識 | 現場で判断できないことは人事担当者に確認すること |
| 配慮事項をすべて自分で判断すること | 合理的配慮の申請プロセスを知り、必要なときは人事と連携すること |
| 障害者社員の家族対応 | 本人のプライバシーを守りながら、必要な情報は人事担当者と共有すること |
つまり、現場管理者に追加で求められるのは「障害者のための特別なスキル」ではなく、「目的・手順・期限・品質基準を明確にする」という、本来すべてのマネジメントの基本です。これができれば、障害の有無にかかわらず、チーム全体のパフォーマンスが向上します。
「明確な業務指示」の4要素
- 1目的(なぜこの業務が必要か):業務の背景や意味を伝えることで、指示の意図が伝わり、モチベーションにもつながる
- 2手順(どのように進めるか):作業の流れを箇条書きやチェックリストで可視化する。口頭だけで済ませない
- 3期限(いつまでに):具体的な日時を伝える。「急ぎで」「なるはやで」は避ける
- 4品質基準(どこまでできればOKか):完成イメージやチェックポイントを事前に共有し、「できた」の基準を揃える
「明確な業務指示は、障害者雇用のための『特別な配慮』ではなく、すべてのマネジメントの基本です。そして、それが最も強力な『合理的配慮』でもあります。」
各部署に「受け入れ責任者」を育成する——現場支援力を組織全体に拡げる5つのステップ
障害者雇用の持続可能性を高めるためには、人事部だけに依存する体制から脱却し、各部署に「受け入れ責任者」と呼べる人材を育成することが効果的です。受け入れ責任者とは、障害者福祉の専門家ではなく、「部署内で障害者社員の業務指導・進捗確認・ちょっとした相談の一次窓口を担う人」です。
ステップ1:受け入れ責任者の役割を定義する
まず、受け入れ責任者が「何をするところまで」担当するのかを明確に定義します。範囲を決めないと、結局すべての責任を負わされることになり、新たな属人化を生んでしまいます。
- 1担当する範囲:日々の業務指示と進捗確認、簡単な業務上の質問対応、体調変化のサインの察知と人事への連絡
- 2担当しない範囲:メンタルヘルスの専門的ケア(→産業医)、制度・手続きの判断(→人事担当者)、家族対応(→人事担当者)
- 3権限:業務指示と日常的なフィードバックは可。評価や配置転換の決定は不可(→人事担当者と分担)
ステップ2:受け入れ責任者に最低限の研修を実施する
「何をすればいいかわからない」という不安を取り除くために、以下の3テーマに絞ったコンパクトな研修を実施します。長時間の座学ではなく、1〜2時間の実践的な内容で十分です。
- 1障害特性の基礎理解(身体障害・精神障害・発達障害の主な特徴と、それぞれに有効な配慮の具体例)
- 2明確な業務指示の出し方(目的・手順・期限・品質基準の4要素を実際の業務例で演習)
- 3気になるサインの察知と対応フロー(体調不良・業務停滞・対人トラブルの初期サインと、人事・産業医へのつなぎ方)
ステップ3:受け入れ責任者と人事担当者の「定期連携」を仕組み化する
受け入れ責任者が孤立しないために、人事担当者との定期的な情報共有の場を設けます。月1回30分程度の短時間で構いません。目的は「問題が起きてからの報告」ではなく「小さな変化の共有と予防」です。
- 1月1回の「受け入れ責任者ミーティング」(人事担当者がファシリテーション)
- 2議題は「気になること」「うまくいっていること」「判断に困っていること」の3点のみ
- 3話し合った内容は簡単な議事録として共有し、組織のナレッジとして蓄積する
ステップ4:受け入れ責任者の負担を評価し、業務調整する
受け入れ責任者の役割を「ボランティア」や「善意」で終わらせないために、以下の対応が必要です。
- 1受け入れ責任者の通常業務量を調整する(例:担当プロジェクト数を1つ減らす、定例業務の一部を他メンバーに移管する)
- 2人事評価項目に「障害者社員の受け入れ・育成への貢献」を追加する
- 3受け入れ責任者手当や役割給など、経済的評価の仕組みを検討する
ステップ5:受け入れ責任者を複数部署に展開し、横展開する
1つの部署で成功したら、そのノウハウを他の部署に展開します。最初の受け入れ責任者が、次の受け入れ責任者の「相談相手」になることで、人事担当者の負荷も軽減され、組織全体の支援力が底上げされていきます。
- 1先行部署の受け入れ責任者が、他部署の新任受け入れ責任者のメンターを務める
- 2部署横断の「受け入れ責任者コミュニティ」を立ち上げ、好事例や悩みを共有する
- 3年に1回、全社の受け入れ責任者が集まる「振り返り会」を開催し、運用ルールをブラッシュアップする
「受け入れ責任者の育成は、『一人のスーパーマン』をつくることではなく、『組織全体の支援力の底上げ』です。」
自社の「支援者不足リスク」をチェックする
以下のチェックリストで、自社の現場支援力の状態を確認してください。該当項目が多いほど、現場の支援者不足が障害者雇用のボトルネックになっている可能性が高いです。
- 障害者社員の日常的な業務指示・相談対応が人事担当者に集中している
- 各部署に「障害者社員の受け入れ担当」と呼べる明確な役割の人がいない
- 現場管理者向けの障害者対応研修を実施していない
- 現場管理者から「どう対応すればいいかわからない」という声が上がっている
- 新たに障害者社員を配属できる部署が限られている
- 受け入れ部署が固定化しており、新規部署への展開が進んでいない
- 障害者社員の配属先を決める際、業務の有無よりも「受け入れてくれそうな部署」を優先している
- 現場管理者の業務量がすでに飽和状態で、新たな役割を受け入れる余裕がない
- 障害者雇用への貢献が人事評価に反映される仕組みがない
- 受け入れ部署の管理者が異動・退職した場合の引き継ぎ計画がない
- 障害者社員に関する相談窓口が人事担当者以外にない
- 障害者雇用の担当者自身が「現場が非協力的だ」と感じている
チェックが6項目以上ある場合は、本記事で紹介した「受け入れ責任者」育成の5ステップのうち、着手しやすいものから取り組みを始めることをおすすめします。すべてを一度に実装する必要はありません。まずは1つの部署から始めてください。
よくある質問
Q1. 現場管理者が忙しすぎて、受け入れ責任者を引き受けてもらえません。どうすればいいですか?
「忙しいからできない」という声の背景には、多くの場合「やることが漠然としていて不安」という心理があります。まずは受け入れ責任者の役割を「日々の業務指示と進捗確認のみ」と極小化して提案してみてください。「面倒を見る」ではなく「通常のマネジメントの延長線上にあることだけをお願いしたい」と伝えることで、心理的ハードルが下がります。また、経営層から「この役割は評価対象である」と明示されれば、協力は得やすくなります。
Q2. 障害特性の知識がない現場管理者でも、受け入れ責任者を務められますか?
務められます。受け入れ責任者に必要なのは、障害福祉の専門知識ではなく、「明確な業務指示を出せること」と「気になるサインに気づいて人事や産業医につなげること」です。障害特性に関する知識は、1〜2時間の基礎研修で十分にカバーできます。むしろ、研修を受けていないことによる「わからない不安」のほうが、現場の受け入れ姿勢に悪影響を与えます。最初は知識が浅くても、実務を通じて経験値は自然に蓄積されていきます。
Q3. 中小企業で人材に余裕がありません。専任の受け入れ責任者を置くのは難しいです。
中小企業では「専任」ではなく「兼任」で構いません。重要なのは「誰が受け入れ責任者か」が明確になっていることです。兼任であっても、役割と権限が定義され、人事担当者との定期連携があり、負担が評価される——この3点が整っていれば、十分に機能します。中小企業の強みは「顔が見える関係性」です。大企業のように制度を整備するよりも、まずは1人の現場管理者と人事担当者の信頼関係から始めてください。
Q4. 受け入れ責任者に手当をつけたいのですが、予算がありません。
手当が難しい場合は、まず「評価」から始めてください。人事評価の項目に「障害者社員の受け入れ・育成への貢献」を追加するだけでも、現場管理者のモチベーションは変わります。「頑張りが見える化される」ことは、金銭的報酬と同等かそれ以上の効果を持つ場合があります。また、受け入れ責任者の業務量調整(担当プロジェクト数の削減など)は、追加予算を必要としない実質的な支援です。
Q5. 障害者社員が配属された部署の他のメンバーから不満が出ています。「なぜあの人だけ特別扱いなのか」と。
これは多くの企業が直面する課題です。重要なのは「合理的配慮は特別扱いではない」ということを、配属前に全メンバーに説明しておくことです。合理的配慮とは「スタートラインを揃えるための調整」であり、「ゴールを下げること」ではありません。また、配属後も定期的に「この配慮がなぜ必要なのか」「この配慮によってどんな成果が出ているか」を共有することで、不公平感ではなく「チーム全体の成果につながる仕組み」として理解されるようになります。
Q6. TSUNAGUの研修を受けた障害者社員は、現場の受け入れ負担を減らせますか?
はい。TSUNAGU Academyの研修では、IT/DXスキルだけでなく「業務指示を理解し、期限までに成果物を提出する」「必要な報告・連絡・相談を自ら行う」「不明点を適切に質問する」といった実務基礎力を徹底的に訓練します。つまり、現場管理者が「手取り足取り教えなければならない」状態から、「任せて報告を待てる」状態に近づけることが、研修の重要な目的の一つです。現場の受け入れ負担を構造的に軽減できる人材を育成しています。
おわりに——「採用」と「受け入れ」を同時に設計する時代へ
2026年の調査データが示すように、障害者雇用の質を高める上での最大のボトルネックは「配属先現場で障害者を支える上司・同僚の不足」です。この課題は、採用予算を増やしても、求人広告を工夫しても、決して解決しません。
必要なのは、採用計画と同時に「受け入れ計画」を策定することです。具体的には、どの部署に、どのような役割の受け入れ責任者を置き、その人にどんな研修を提供し、負担をどう評価し、人事担当者とどう連携するか——この「受け入れの設計」があって初めて、採用した人材は定着し、成長し、戦力となります。
現場管理者が「福祉の専門家」になる必要はありません。必要なのは「明確に指示を出すこと」「変化に気づくこと」「一人で抱え込まず人事につなぐこと」——この3つだけです。このシンプルな原則を組織全体に広げることが、障害者雇用の持続可能性を高める最も確実な道です。
「障害者雇用の成功は、『採用できた数』ではなく、『受け入れられた数』で測られます。その鍵を握るのは、現場で日々支える上司・同僚の存在です。」
現場の「受け入れ力」を高めるために、TSUNAGUは企業の障害者雇用を人材育成の側面から支援しています。障害者社員が自立的に業務を遂行できるスキルを身につけることで、現場管理者の受け入れ負担を構造的に軽減します。また、企業向けの受け入れ体制設計支援や、現場管理者向けの基礎研修(障害特性理解・業務指示の出し方・サインの察知と対応)も提供しています。「採用は進めたいが、現場が不安」——その課題を、一緒に解決しませんか。
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参考文献・一次資料
- JEED「職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業」— ジョブコーチ制度と定着支援の詳細
- 厚生労働省「障害者雇用定着支援」— 定着支援・助成金情報
- 厚生労働省「合理的配慮指針」— 障害特性に応じた職場環境整備
- 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」— メンタルヘルス対策と職場復帰支援
※本記事の内容は執筆時点の情報に基づきます。最新の法令・制度については、上記の一次資料をご確認ください。
障害者雇用・IT/DX活用に関する情報を、人事担当者の視点でわかりやすく発信。 監修は水野 祐美子(プロフィールはこちら)。最新の制度・法令については各省庁の公式情報をご確認ください。







