精神障害者の定着率55%——毎年2人に1人が1年以内に辞めていく現実と向き合っていた食品メーカーが、在宅勤務制度の導入と業務設計の見直しによって定着率を90%まで高めました。「やってみると、思っていたより難しくなかった」と語る人事部の鈴木氏に、3年間の歩みと成功の核心を聞きました。
「なぜ辞めていくのか」——原因分析から始まった
従業員約500名の食品メーカーで人事を担当する鈴木氏が、精神障害者の定着率問題と向き合い始めたのは2021年のことです。入社1年以内の離職率は約45%。採用にかけるコストと時間を考えると、このサイクルを繰り返すことへの疲弊感は大きかったと言います。
「離職した社員や支援員に話を聞くと、「通勤が体力を消耗させていた」「職場の音や光が刺激になっていた」「体調の波に合わせられなかった」という声が繰り返し出てきました。業務内容の問題ではなく、働く環境の問題だったんです」。この気づきが、在宅勤務制度導入という選択肢を真剣に検討するきっかけになりました。
導入の決め手——「失敗しても戻せる」という設計
在宅勤務制度の導入にあたって、経営層から最初に出た懸念は「管理できるのか」という問題でした。「見えないところで何をしているかわからない」「サボるリスクがあるのでは」という声に対して、鈴木氏は「試験的に3ヶ月やってみて、ダメなら戻す」という提案をしました。この「失敗しても戻せる」という設計が、経営層の懸念を和らげ、導入の承認につながりました。
実際に始めてみると、「管理できない」という懸念は杞憂でした。TeamsとSharePointを使ったタスク管理と日次チェックインを設計することで、むしろオフィス勤務より「今何をしているか」が可視化されました。「在宅のほうが業務の見える化がしやすい。これは予想外の発見でした」と鈴木氏は振り返ります。
成功を支えた5つの制度設計
定着率90%を実現した背景には、「在宅にすれば解決」という単純な発想ではなく、5つの制度設計が組み合わさっていました。第一に、入社初月はオフィス出勤でオンボーディングを実施し、2ヶ月目から段階的に在宅へ移行するという「段階的移行」です。「最初から在宅だと、会社の雰囲気も同僚の顔もわからないまま孤立する」という失敗を避けるための設計です。
第二に、週1回の出社日を設けてチームとの関係を維持する仕組みです。完全在宅にすると「つながり感」が失われ、別の形の孤立が生まれます。月に4〜5回の出社機会が、「自分はチームの一員」という帰属意識を維持する大きな役割を果たしています。
| 制度設計 | 内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 段階的移行 | 初月オフィス→2ヶ月目から在宅 | 孤立なく職場に馴染む |
| 週1回出社日 | 固定曜日に出社しチームと交流 | 帰属意識の維持 |
| 専任ジョブコーチによる週次1on1 | 業務・体調・困りごとを確認 | 早期察知と対応 |
| 体調不良時の緩やかなルール | チャット一言・業務翌日以降へ | 連絡ハードルを下げる |
| IT業務への特化 | データ入力・Power Automate中心 | 在宅でも成果を出しやすい業務設計 |
現場からの声——定着した社員が語る「続けられる理由」
精神障害(双極性障害)のある入社2年目の社員は、「前の職場は毎日通勤するだけで疲れ果てていた。今は体調の悪い日は遅めに仕事を始められるから、安定して働き続けられている」と話します。「「今日は少し難しい」と一言チャットするだけで「わかった、無理しないで」と返ってくる。それだけで、すごく楽になれる」。
「正直、入社時は「また辞めてしまうのでは」と思っていました。でも2年が経った今、初めて「ここで長く働いていきたい」と思えています。環境が人を変えるということを、自分で体験している感じがします」——この言葉が、制度設計の価値を最もシンプルに表しています。
3年間で変わったこと——会社全体への波及効果
在宅雇用制度の導入は、精神障害者の定着率向上にとどまらず、会社全体に予想外の変化をもたらしました。「精神障害者のために作ったルール(チャット一言で欠勤連絡可・体調変動への柔軟な対応)が、一般社員にも適用されるようになった。「育児中の社員」「介護と両立している社員」も恩恵を受けている」と鈴木氏は話します。
障害者雇用のための制度整備が、全社員にとってより働きやすい環境をつくる——この副産物は、多くの企業が予想していない成果です。「障害者雇用を「特別な対応」ではなく「より良い働き方の実験場」として捉え直したとき、取り組みの意味が変わった気がします」という鈴木氏の言葉は、在宅雇用推進の本質を突いています。
定着率を55%から90%に高めた最大の要因は、「在宅にする」ことではなく「在宅で成功するための設計をする」ことでした。TSUNAGU Academyでは、在宅雇用の制度設計・業務設計・人材育成を一体的に支援しています。この事例のような変化を、貴社でも実現できます。
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TSUNAGU 編集部
障害者雇用専門障害者雇用・IT/DX活用に関する情報を、人事担当者の視点でわかりやすく発信。 社会保険労務士・障害者雇用コンサルタントが監修。最新の制度・法令については各省庁の公式情報をご確認ください。