「視力が弱いから、パソコン業務は向いていないと思っていた」——29歳の佐藤さん(仮名)は、研修を受け始めるまでそう信じていました。身体障害者手帳2級(弱視)を持ち、視力は矯正後でも0.1以下。「画面を見る仕事は自分には無理」という思い込みが、長年のキャリアの選択肢を狭めていました。スクリーンリーダー×Excelという補助技術(AT)との出会いが、その思い込みを根本から覆します。今では経理部の請求書処理担当として、毎月数百件の処理を正確にこなしています。
佐藤さんのプロフィール:「見えにくい」世界でどう働くか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 障害種別 | 視覚障害(弱視・身体障害者手帳2級) |
| 年齢 | 29歳 |
| 矯正視力 | 0.1以下(光覚あり・輪郭識別は可能) |
| 活用補助技術(AT) | NVDA(スクリーンリーダー)・Windowsの拡大鏡・ハイコントラストモード |
| 受講コース | Excel・経理実務コース(4ヶ月) |
| 現在の役割 | 経理部・請求書処理担当(月間処理件数:約350件) |
弱視は「全盲」とは異なり、「見えない」のではなく「見えにくい」状態です。強い光・コントラストが低い表示・細かい文字——これらが視覚的に処理しにくい。しかし「音声で情報を得る」「キーボードショートカットだけで操作する」「コントラストを高める」という代替手段の組み合わせで、パソコン業務のほぼすべてをアクセシブルにできます。佐藤さんの事例は、「見えなくてもできる」ではなく「見えにくくても、正しいツールがあればできる」を実証しています。
3つの補助技術(AT)がもたらした「できる」の拡張
中核となる補助技術がNVDA(NonVisual Desktop Access)というオープンソースのスクリーンリーダーです。画面上のテキスト・ボタン・メニューを音声で読み上げてくれるため、モニターをほとんど見なくてもWindowsとOffice製品を操作できます。Excelのセルを移動するたびに「A1、売上高、1500000」と読み上げる機能で、数値の確認・入力・照合を音声ベースで進められます。
「最初は音声読み上げのスピードに慣れるのが大変でした。でも1週間で慣れたら、むしろ「目で確認するより速い」と感じる場面が出てきた。Excelのショートカットキーを覚えることで、マウスを使わずにセル移動・コピー・貼り付けまですべてキーボードで完結できる。これが想像以上に速かった」と佐藤さんは話します。Windowsの拡大鏡(最大1600%拡大)とハイコントラストモードは、「読める範囲の文字は自分で確認したい」というニーズに対応します。
業務設計の工夫:「目視確認の負担」を最小化する
視覚障害を持つ方が経理業務を担当するうえで最大の課題となるのが「目視確認の負担」です。「この数字は合っているか」「このセルの値は正しいか」を毎回画面で確認することは、弱視の方にとって著しく消耗します。これをPower Automateの自動照合フローで解決しました。入力した請求書データと原本データを自動で照合し、差異があれば音声通知とTeamsアラートで知らせる仕組みです。「合っているかどうかを目で確認する」から「差異があれば知らせてくれる」への転換が、業務効率と疲労度を同時に改善しました。
- 1NVDAスクリーンリーダーでExcelのセル内容を音声読み上げ(モニターを見ずに操作できる)
- 2ショートカットキーを完全習得してマウス操作をゼロにする(速度向上・疲労軽減)
- 3Windowsの拡大鏡(最大1600%)とハイコントラストモードで視認性を確保
- 4Power Automateの自動照合フローで「目視確認の負担」を最小化する
- 5SharePointのマニュアルをスクリーンリーダー対応フォーマット(見出し・代替テキスト整備)で管理する
「自分にこんな可能性があったとは」という言葉の重み
研修修了から半年後、佐藤さんにインタビューしたとき、こう話してくれました。「視力が弱いから「できないこと」が多いと思っていた。でも補助技術とツールの組み合わせで、できることが想像以上に広がった。自分にこんな可能性があったとは、本当に驚いています」。経理部長はこう語ります。「佐藤さんが入ってから、請求書処理のエラー率が下がった。スクリーンリーダーで音声確認しながら入力するのが、むしろ正確さにつながっているんだと思います」。
補助技術(AT)は「障害を補うもの」ではなく「能力を引き出すもの」です。TSUNAGU Academyでは、視覚障害・聴覚障害・肢体不自由などの身体障害を持つ方向けのアクセシブルな研修環境を整備しています。「自分には無理」という思い込みを、正しいツールと設計で一緒に崩しましょう。
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TSUNAGU 編集部
障害者雇用専門障害者雇用・IT/DX活用に関する情報を、人事担当者の視点でわかりやすく発信。 社会保険労務士・障害者雇用コンサルタントが監修。最新の制度・法令については各省庁の公式情報をご確認ください。