法定雇用率の達成を目指して障害者採用を進めている企業が年々増えています。しかし、コスト計算に「給与・社会保険料・採用費・納付金」しか入れていない企業がほとんどです。実際に現場で起きていることを見ると、採用後に人事と現場が抱える業務切り出し・合理的配慮・OJT・定期面談・支援機関連携・早期離職対応——これらの管理工数は財務諸表に一切現れない"埋没コスト"として担当者を静かに疲弊させています。この記事では、採用後の埋没コストを6つのカテゴリに整理し、月間工数と金額換算で可視化します。

【お断り】本記事に記載の工数・金額はあくまで参考の概算値です。実際の負担は企業規模・障害種別・業務内容・受け入れ体制によって大きく異なります。個別のご状況はTSUNAGU Academyへのご相談をお勧めします。

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1. なぜ障害者雇用の「本当のコスト」は見えないのか

企業が障害者雇用のコストを試算するとき、ほぼ例外なく「給与・社会保険料・採用費・(未達の場合)納付金」の4項目で止まります。これは財務的には正しい計上ですが、実務的には著しく不完全な把握です。

採用後に発生する管理工数——業務設計・日々の指示・合理的配慮の調整・定着面談・支援機関との連絡・体調不良への対応——は、人事担当者と現場上司の「通常業務からの持ち出し時間」として処理されます。残業代が支払われることもなく、専用の勘定科目もなく、部門予算にも計上されません。だから「見えない」のです。

合同会社TSUNAGUが現場担当者へのヒアリングを通じて整理したデータでは、障害者社員1名あたり月17〜42時間程度の管理工数が発生している可能性があります。時間単価3,000円で換算すると月5万〜12万円、管理職・人事責任者の時間単価で見れば月10万〜15万円以上の「見えないコスト」が存在します。

財務諸表に現れる「可視コスト」と、担当者の時間を静かに奪う「埋没コスト」——その差は想像以上に大きい

財務諸表に現れる「可視コスト」と、担当者の時間を静かに奪う「埋没コスト」——その差は想像以上に大きい

2. 埋没コストの全体像——6つのカテゴリで整理する

採用後に発生する埋没コストは、大きく6つのカテゴリに分類できます。それぞれが独立して発生するのではなく、複合的・継続的に積み重なることで担当者を疲弊させます。

カテゴリ具体的な内容主な発生者
① 採用前コスト求人票作成・支援機関対応・面接調整・職場実習・適性確認人事担当者
② 業務切り出しコスト各部署の業務棚卸し・作業分解・マニュアル化・難易度調整人事担当者+現場部門長
③ 合理的配慮コスト勤務時間・業務量・作業環境・指示方法の個別調整人事担当者+現場上司
④ OJT・教育コスト細かな業務指示・反復指導・理解度確認・進捗管理現場上司・先輩社員
⑤ 定着支援コスト定期面談・体調確認・支援機関との連携・トラブル対応人事担当者+現場上司
⑥ 早期離職時の再採用コスト再募集・再面接・再教育・受け入れ態勢の再設計人事担当者+現場部門長

①は採用前の段階で発生しますが、②〜⑤は採用後も継続的に発生し続けます。特に②〜④は「最初の3ヶ月」に集中し、⑤は雇用期間全体にわたって続きます。⑥は離職が発生するたびにリセットされ、それまでの②〜⑤の投資が一部無駄になるという二重の痛みがあります。

3. ① 採用前コスト——「採用できない」時間も埋没している

障害者採用が進まない企業でも、担当者は何もしていないわけではありません。求人票の作成・ハローワークへの登録・就労移行支援事業所への問い合わせ・面接の調整・職場実習の受け入れ準備——これらの活動が採用につながらなくても、費やした時間は戻りません。

  • 1求人票作成・修正(障害特性ごとに求人票の内容を変える場合は複数本の作成が必要)
  • 2就労移行支援事業所への問い合わせ・訪問(採用につながらない訪問も含む)
  • 3面接・職場実習の調整・当日対応(応募者の障害特性に合わせたコミュニケーション設計)
  • 4不採用後のハローワーク求人更新・再掲載対応
  • 5採用活動が進まないことへの経営陣・ハローワーク担当者への説明対応

「採用できない期間」にも人事担当者の時間は消費されています。採用活動が長引けば長引くほど、この「成果のない投資時間」が蓄積されていきます。法定雇用率未達の企業で採用活動を担当している方の多くが、この「空振りの疲弊感」を抱えています。

4. ② 業務切り出しコスト——想像以上に手間がかかる「仕事の設計」

障害者採用で最初に直面する本質的な課題が「受け入れ可能な業務の設計」です。既存の業務をそのまま任せることが難しい場合、人事担当者は各部門の業務を棚卸しし、障害特性に合った形に再設計する必要があります。

「業務切り出し」とは単純な話ではありません。まず各部署に「週○時間以上あって・PCで完結できて・マニュアル化可能な業務」を洗い出してもらい、その業務を「障害特性(視覚・聴覚・肢体・知的・精神・発達など)に合わせて作業単位に分解」し、「手順書とチェックリストを作成」し、「現場の合意を取る」というプロセスが必要です。

作業概要担当者と工数目安
各部署への業務棚卸し依頼・回収各部門長へのヒアリングシート配布・回収・集計人事担当者:3〜5時間
候補業務の絞り込みと整理回収内容から「障害者社員が担当可能な業務」を選定人事担当者:2〜4時間
作業の分解とマニュアル化業務を手順書・チェックリスト・動画マニュアル等に落とし込む現場担当者+人事:5〜10時間/業務
難易度調整・試行実際に担当させてみて難易度・手順を修正現場上司:2〜5時間
受け入れ部門との合意形成配属部門長・現場上司との承認・役割分担の確定人事担当者:2〜3時間

この業務設計が不十分なまま採用すると、「業務が渡せない→障害者社員が手持ち無沙汰になる→担当者が業務を急造する→品質が不安定になる→現場が疲弊する」という悪循環に入ります。業務切り出しは採用前の最重要投資であり、ここを端折ると採用後のコストが指数関数的に増大します。

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5. ③ 合理的配慮コスト——「一度決めたら終わり」ではない継続的な調整

合理的配慮は法的義務(障害者雇用促進法)ですが、それ以上に「実務上の継続コスト」として担当者に重くのしかかります。特に精神障害・発達障害の場合、体調や環境変化によって必要な配慮の内容が変わることがあり、対応が一度決まっても継続的な見直しが求められます。

  • 1【勤務時間の調整】通院日・体調不良日の時間変更、短時間勤務からフルタイムへの段階的移行管理
  • 2【業務量の調整】繁忙期・季節変動に合わせた業務量の増減対応、担当者変更時の引き継ぎ設計
  • 3【作業環境の調整】座席配置・照明・騒音対策・PC設定(フォントサイズ・色設定等)の個別設定
  • 4【指示方法の調整】口頭→テキスト→動画など、情報の受け取りやすい形式への変換と維持
  • 5【本人との継続的な対話】「今の配慮は十分か」「変えたいことはあるか」を定期的に確認する面談

合理的配慮で最もコストがかかるのは「初期設計」ではなく「継続的な微調整」です。精神障害のある社員の場合、季節(特に梅雨・秋雨時期)・職場環境の変化・プライベートの出来事によって体調が大きく変動することがあります。担当者はその変化を敏感にキャッチし、配慮内容を柔軟に変更する対応力を求められ続けます。

合理的配慮は「一度設計して終わり」ではなく、本人の状態変化に合わせた継続的な見直しが必要

合理的配慮は「一度設計して終わり」ではなく、本人の状態変化に合わせた継続的な見直しが必要

6. ④ OJT・教育コスト——「通常より細かく、通常より長く」が現場を圧迫する

一般採用のOJTと比較したとき、障害者雇用でのOJTには「指示の細分化」「反復確認の頻度の高さ」「理解度確認の丁寧さ」という3つの追加要素があります。これは障害者社員の能力の問題ではなく、情報処理の仕方・疲労の蓄積パターン・コミュニケーションスタイルの違いに起因するものです。

現場上司・先輩社員は「通常業務の合間に」このOJTを担います。専任のサポーター(ジョブコーチ等)がいない場合、現場の生産性は一時的に低下します。「障害者を1名採用したら、既存社員が0.3〜0.5名分の支援業務を担う」という感覚で捉えておく必要があります。

OJT場面内容月間工数目安
日次の業務指示口頭+テキストで当日の業務内容・優先順位を伝える(毎日10〜20分)現場上司:3〜5時間/月
作業確認・フィードバック完成物の品質確認・修正指示・NG事例の説明現場上司:2〜5時間/月
手順書のアップデート業務変更時の手順書修正・新しい手順の説明現場担当者:1〜3時間/月
同僚へのフォロー依頼周囲の社員への配慮依頼・トラブル時の調整現場上司:1〜3時間/月
進捗管理・記録日次業務ログの確認・能力向上の記録現場担当者:1〜2時間/月

7. ⑤ 定着支援コスト——採用して終わりではなく、定着して初めて「雇用」になる

障害者雇用の担当者が最も見落としがちなコストが「定着支援」です。採用・オンボーディングが終わると担当者の注意が他に移りがちですが、定着支援は採用後ずっと継続する業務です。

  • 1【定期面談】月1〜2回の1on1面談(体調・業務量・職場環境・悩みの確認):人事担当者1〜2時間/月
  • 2【就労移行支援事業所との連携】支援担当者との定期連絡・来社時の対応・情報共有:人事担当者1〜2時間/月
  • 3【体調不良・欠勤対応】急な欠勤連絡・当日の業務調整・本人への配慮連絡:状況次第で月2〜8時間
  • 4【対人関係トラブル対応】本人と同僚の間の誤解・齟齬の調整・仲裁:発生時に1〜3時間
  • 5【主治医・産業医連携】医療機関との情報共有・就労継続の可否確認:月0〜2時間(状況次第)
  • 6【業務評価・フィードバック面談】半期・年次での業務成果の振り返りと次期目標設定:年2〜4時間

定着支援は「何もなければ1〜2時間/月」で済みますが、体調悪化・職場トラブル・業務変更が重なると一気に10時間以上の対応になることもあります。特に精神障害・発達障害のある社員の場合、年に1〜2回は「集中的なフォロー期間」が発生することが多いです。

8. ⑥ 早期離職コスト——「また振り出しに戻る」の心理的・時間的ダメージ

障害者雇用における早期離職(採用後1〜2年以内の退職)は決して珍しくありません。体調変化・業務ミスマッチ・職場環境の問題など、様々な要因が重なります。早期離職が発生したとき、担当者が受けるダメージは経済的コスト以上に心理的なものが大きいです。

「採用・教育・配慮設計・現場調整」に費やした全ての投資が、退職と同時に"白紙"に戻ります。法定雇用率は再び未達となり、担当者は再募集・再面接・再教育のサイクルに戻ります。しかも「また採用できなかった」「定着できなかった」という自己批判や組織からのプレッシャーが重なり、担当者のモチベーションは著しく低下します。

早期離職の多くは「採用前の業務設計不足」「受け入れ体制の属人化」「合理的配慮の形骸化」に起因しています。つまり、早期離職コストの多くは「採用前の設計投資」で予防できます。早期離職が繰り返される企業は、採用サイクルだけが回り続け、担当者の疲弊が蓄積するという負のスパイラルに陥ります。

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9. 月間工数の試算——障害者社員1名あたり月17〜42時間の埋没コスト

以上の6カテゴリを月間工数として集計すると、以下のような試算になります。これはあくまで参考値ですが、「給与以外のコスト」がいかに大きいかを示す指標として活用してください。

カテゴリ担当者月間工数(目安)
人事面談・勤怠確認人事担当者3〜5時間
現場上司の指導・確認現場上司5〜10時間
業務切り出し・整備(定常化後)人事+現場3〜8時間
支援機関との連携対応人事担当者1〜3時間
体調不良・欠勤・トラブル対応人事+現場2〜8時間
同僚へのフォロー・確認現場上司3〜8時間
合計(1名あたり)17〜42時間/月

時間単価3,000円で換算すると月5万〜12万円。管理職・人事責任者の時間単価で見ると月10万〜15万円以上になる場合もあります。障害者社員を3名雇用している企業では、月15万〜45万円相当の埋没コストが恒常的に発生している可能性があります。

埋没コストの月間試算——「人件費以外のコスト」を可視化することで、仕組み化の優先度が明確になる

埋没コストの月間試算——「人件費以外のコスト」を可視化することで、仕組み化の優先度が明確になる

10. 埋没コストを抑制する唯一の方法——属人的対応から「仕組み化」へ

埋没コストが大きい企業に共通しているのは「人事担当者と現場上司の属人的な対応で雇用が成り立っている」という状態です。担当者が変わったら運用が崩れる、体調悪化時に対応できる人間が限られる、業務設計の知識が担当者の頭の中にしかない——こうした状態では、埋没コストは永続します。

仕組み化とは「誰がやっても同じ品質で対応できる状態を作ること」です。具体的には以下の3つの領域で標準化を進めることが埋没コスト削減の鍵となります。

領域仕組み化の内容期待効果
業務設計の標準化業務マニュアル・手順書・チェックリストを会社の資産として整備する担当者交代時のコスト削減・業務品質の安定化
定着支援プロセスの標準化面談シート・チェックリスト・支援機関連携フローを整備する対応漏れ防止・面談の質の均一化
教育・受け入れ体制の標準化OJTプログラム・受け入れガイドラインを部門共通で整備する現場上司の負担軽減・早期離職リスクの低減

仕組み化には初期投資(設計・ドキュメント整備・社内研修の時間)が必要ですが、長期的には埋没コストを大幅に削減できます。特に障害者雇用人数が増えるにつれて、仕組みのないまま拡大するとコストが比例以上に増大するため、早期の仕組み化投資が重要です。

外部支援・AI活用で担当者の負担を軽減する

就労移行支援事業所のジョブコーチ活用・障害者雇用専門コンサルタントの導入・業務設計支援ツールの活用など、外部リソースを積極的に活用することも有効です。また、日次業務の進捗管理・コミュニケーションログの記録・マニュアル管理などにAIツールやクラウドサービスを活用することで、担当者の事務的な埋没コストを減らすことができます。

11. 経営陣と現場に「埋没コスト」を伝えるための言語化

担当者が一人で埋没コストを抱えている限り、経営陣も現場も「障害者雇用はうまくいっている(ように見える)」と認識します。担当者の疲弊は可視化されず、改善のための予算・人員・サポートも得られません。

埋没コストを経営陣に伝えるには「時間を金額に換算する」ことが最も効果的です。「月に○時間・金額換算で○万円の管理工数が、財務諸表に現れない形で発生しています」という言い方は、財務的な視点を持つ経営陣には刺さります。

  • 1「現在、障害者社員○名の定着管理に人事と現場で月○時間(換算○万円相当)を投入しています」
  • 2「この管理工数を仕組み化によって半減させるには、初期投資として○万円・○ヶ月の設計期間が必要です」
  • 3「仕組み化なしでさらに○名採用した場合、管理コストは現在の○倍になる見込みです」
  • 4「TSUNAGU Academyを活用したIT・DX研修で、障害者社員がより自立的に業務を進められるようになると、現場上司の指導コストを月○時間削減できる見込みです」
埋没コストを「数字」で経営陣に示す——見えていなかった問題が初めて「解決すべき課題」として認識される

埋没コストを「数字」で経営陣に示す——見えていなかった問題が初めて「解決すべき課題」として認識される

まとめ——「採用して終わり」から「採用して設計する」へ

障害者雇用の本当のコストは、採用後に発生する業務設計・合理的配慮・OJT・定着支援・早期離職対応という「見えない投資」の積み重ねです。これを「担当者の頑張り」で吸収し続ける限り、担当者は疲弊し、雇用は不安定なまま繰り返しのサイクルに入ります。

一方で、この埋没コストは「仕組み化・標準化・外部活用」によって確実に削減できます。採用前の業務設計投資、標準化された受け入れプロセス、外部支援の効果的な活用——これらを整えることで、「障害者雇用を安定的に拡大できる体制」を構築できます。

TSUNAGU Academyでは、障害者社員へのIT・DXスキル研修を通じて「自走できる戦力」を育成しています。業務設計の棚卸し支援・採用後の定着サポート・人事担当者向けの運用設計コンサルティングまで、埋没コストを構造的に削減するための支援体制を整えています。「まず何から始めればいいかわからない」という段階でもお気軽にご相談ください。

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参考文献・一次資料

※本記事の内容は執筆時点の情報に基づきます。最新の法令・制度については、上記の一次資料をご確認ください。

障害者雇用・IT/DX活用に関する情報を、人事担当者の視点でわかりやすく発信。 監修は中村 大輔(プロフィールはこちら)。最新の制度・法令については各省庁の公式情報をご確認ください。

監修:中村 大輔
公開日:2025-07-02